その日は、朝から学校中の生徒がそわそわとしていた。
それは放課後になった今でも変わらなくて。
むしろ、朝よりも落着きがないような気さえする。





Lovely heart 2






特に用事もないのに教室に残る生徒もいれば、そそくさと教室から出ていく生徒もいる。
そんな浮かれた空気の中を綱吉はひとり取り残されたように自分のカバンを見つめて小さく溜息を吐
きだした。
「どした? ツナ」
「…山本…」
ふいに掛けられた声に振り向くと、両手にたくさんのチョコを抱えた山本がににっこりと綱吉に笑い
かけていた。
両手で持っても零れおちそうなチョコを器用に抱えている山本を見て、綱吉はくすりと小さく笑みを
零した。
「…なんでもないよ。それより、ソレ。相変わらずすごいね」
そう言って、色とりどりのラッピングを視線で指し示す。
「ん? そか?」
そうして、抱えていたチョコを丁寧に綱吉の机におろして、空いていたイスを引きよせて綱吉と向か
い合うような位置にどかりと座った。
「山本…?」
親友の行動の意図が掴めずに、首を傾げて不思議そうな顔をする綱吉に向って、にかっと笑って。
けれど、その一瞬後には驚くほど真剣な瞳をまっすぐに向けてきた。
「て、どした?」
にこにこと明るい笑顔を絶やさない親友の、思わぬ真剣さに驚いて、蜂蜜色の瞳を大きく見開いて。
ゆらり、と一瞬だけその瞳が揺らいだ。
それを見逃すような山本ではなくて。
綱吉の様子に苦笑を浮かべた山本は、くしゃり、と柔らかな髪をひと撫でして。
「やっぱ何か悩んでんのな。言えることならオレに言えよ?」
そう言って、優しく微笑んだ。
すると、その瞬間、2人の真横から大きな抗議の声があがった。
「てめっ! 野球バカ! 10代目になにしやがる!」
その声に驚いた綱吉が振り向くと、そこには山本同様にたくさんのチョコの入った紙袋を持った獄寺
が立っていた。
呆然と見上げてくる綱吉の視線を受け止めながら、同じように空いているイスを引きよせて。
2人の間に入るように机の横を陣取って。
「10代目! 何か悩みがあるのならオレも相談に乗りますよ!!」
と、綱吉に詰め寄る勢いで話しかけ、にかっと笑った。
そんな親友たちの姿に綱吉の心に根付いていた不安の影がほんの少し薄らいで。
代わりに、ほわり、と心が温かくなった。


──2人とも、ほんと心配症なんだから…。


何かと自分を気にかけてくれる親友たちの存在が嬉しくて、頼もしくて。
目の前でにこにこと笑っている親友2人の顔を交互に見つめて、綱吉はくしゃりと力のない笑みを浮
かべて見せた。
「ほんとに、何でもないことなんだよ…? ただ…」
ちらり、と自分のカバンに視線を向けて、黙り込んでしまう。
それを不思議そうに見つめていた2人はお互いに顔を見合せて。
そうして。
じっとカバンを見つめている綱吉に呼びかけた。
「ただ…、どした? オレたちで力になれることなら手伝うぜ?」
「そうですよ! 10代目!! 何でも言ってください!」
その声に誘われるように2人に目を向けた綱吉は、弱々しい笑みを浮かべたまま、ぽつりぽつりと自
分の想いを吐きだした。



昨日教室で話をしていた女の子たちが雲雀の名前を出したこと。
本当は、自分なんかではなくて可愛らしい女の子と付き合った方がいいのではないかという不安。
もしも、この関係が周りに知られてしまったら、雲雀に迷惑をかけるのではないかという恐れ。



少しずつ吐き出されていく綱吉のココロ。



それを静かに聞いていた2人は、綱吉が口を噤んだ瞬間、笑みを零した。
どこまでも優しい、愛おしさを滲ませて微笑む山本と、どこかおもしろくなさそうに、ふてくされた
ように苦笑する獄寺を見て、綱吉はその笑みの意味を分かりかねて首を傾げた。
「獄寺君? 山本…?」
「…たく。雲雀は幸せもんだな。ツナにこれだけ思われて」
「…チ。雲雀のヤツ…。10代目を不安にさせるなんて!!」
それぞれに言葉を呟いて。
ほぼ同時に溜息を吐きだした。
そうして。
不思議そうな顔をしている綱吉の頭を、再び山本がくしゃりと撫でて。
「…山本…?」
「ツナ。それな、ちゃんと雲雀に話してきたほうがいいと思うのな」
諭すように優しくそう言って、山本は机の脇にかけられている綱吉のカバンを手に取って、それをそ
っと目の前の机の上に置いた。
不安と戸惑いに瞳を揺らす綱吉に苦笑をむけて。
ずいっとカバンを押しつけた。
すると。
がたん、とイスを鳴らして立ち上がった獄寺が、訳が分からずに戸惑っている綱吉の腕を掴んで、そ
っと立ち上がらせる。
引き立てられるようにして立ちあがった綱吉の手に、そっとカバンを押しつけて。
「…大丈夫ですよ」
と、しかめっ面のままそう言って。
綱吉の腕を掴んだまま歩きだした。
「獄寺君!?」
驚いて親友の名前を呼んだ綱吉は、引っ張られるようにして獄寺のあとを歩きだした。
「心配ないって。な?」
「山本!?」
ほんの微かに抵抗を見せる綱吉の背中を押して、にっこりと笑う。
そうして。
2人に連れられて、綱吉はゆっくりと、けれど、抗うことを許されずに雲雀のいる応接室へ連行され
ていった。










ぐいぐいと背中を押されて、やんわりと腕を引かれて。
戸惑いと不安に揺れる心を抱えたまま。
だんだんと応接室に近付いて行くことに、こくり、と緊張を呑み込んだ。


──ど…どうしよう…。2人は大丈夫だっていうけど…。でも…っ。


直接雲雀に確かめることはやっぱり怖くて。
逃げ出したくなる気持ちを必死に抑え込んで、親友たちに連れられて歩いていると、ふいに山本が声
をあげた。
「お。あれ雲雀じゃん?」
「…え?」
あれ、と言って山本が目線で指し示す方向を見れば。
おそらくこれから応接室に向かうところだっただろう雲雀と部下の草壁の姿があった。
雲雀に向かって何かを話しかけている草壁が、その腕に持った重たそうな紙袋を雲雀に差し出す。
それにちらりと視線を向けて、面倒くさそうに溜息を吐きだした雲雀は、仕方なさそうにその袋を受
け取った。
結構距離が離れているから、声までは聞こえないけれど、雲雀の態度からあまりいい中身ではないの
だろうと容易に想像がついた。
「…なにしてんだろな…?」
「さぁな」
その様子を不思議そうに眺めていた山本と獄寺は、短いやりとりをすると、まぁいいか、と呟いて綱
吉を連れて雲雀の方へ歩き出す。
「…ちょ、待っ…」
それに驚いたのは綱吉で。
慌てて『待って』といいかけて、けれどその言葉は別の方角から聞こえてきた明るい声にかき消され
てしまった。
思わず3人で立ち止まって声のしたほうに視線を向けると、そこにはきゅっと唇を引き結んで、強い
光を宿した瞳でまっすぐに雲雀を見つめている女の子の姿があった。
同じように声のしたほうを振り向いていた雲雀と草壁も、3人同様にその場で固まったように立ち止
まっていて。
両手で胸に抱いた紙袋をぎゅっと抱きしめて、その女の子はゆっくりと雲雀のところに歩いて行く。


──…あ…。


その様子を見ていた綱吉は、じんわりと広がっていく不安を感じながら、その場から動けずにいた。
不穏な空気を感じた獄寺と山本が、咄嗟に綱吉の視界を遮ろうとしたけれど。
それよりも早く、彼女は雲雀に向かって紙袋を差し出して。
それをちらりと見た雲雀は面倒くさそうに溜息を吐きだしながらも、紙袋を受け取った。
「……っ」
その様子を親友たちの間から見てしまった綱吉は、小さく息を呑み込んで。
蜂蜜色の瞳をゆらりと揺らした。
そうして。
それ以上そこにいるのが辛くて。
綱吉は持っていたカバンを放り出して駈け出した。
「ツナ!?」
「10代目!!」
咄嗟のことに思わず対応が遅れた獄寺と山本が、綱吉の手から滑り落ちたカバンに気を取られている
間に小柄な背中は全力で走り去っていて。
「…綱吉!?」
2人の声でこっちらに気づいたらしい雲雀が慌てて呼び止める声が背後から聞こえたけれど、振り向
くことも立ち止まることもできずに、その場から逃げだした。










走って走って…。
けれど。
どこにも行く当てなんかなくて。
何よりこんな顔で外に出るわけにもいかなくて。
綱吉は、誰もいない応接室のソファーに座って膝を抱えていた。


──ヒバリさんのことだから、モテるだろうと思ってたし。たくさん貰うんだろうなってわかってた
  のに…。


それでも。


──分かってたけど…、でも…。


他の人からのプレゼントを受け取っているところなんか見たくはなかった。
縮こまるようにして膝に顔を埋めて。
瞳から溢れてくるものを必死に堪えていると、がちゃり、と勢いよく扉が開け放たれて、それと同時
に焦ったような声で名前を呼ばれた。
「綱吉…っ!?」
その声は、いま一番聞きたくない声で。
けれど。
綱吉がずっと求めている声で。
思わず顔をあげてみれば、扉のところに綱吉のカバンを持った雲雀が、ほんの少し息を切らせて、い
つもは静かな光を宿す瞳に焦りを浮かべて立っていた。
「…ヒバリさ…」
ソファーの上で膝を抱えて、蜂蜜色の瞳に涙を溜めている綱吉の姿を捉えた雲雀は、ゆっくりと大き
く息を吐きだして、背中で扉を閉めながら、片手で自身の目を覆い隠して脱力した。
そうして、反動をつけて扉から離れると、ソファーで縮こまっている綱吉のほうに歩きだす。
ゆっくりと近づいてくる雲雀に、びくり、と体を竦ませた綱吉は、居たたまれなくて、悲しくて、で
も嬉しくて。
なんだかいろいろな感情がごちゃまぜになって、どうにもできなくて。
雲雀の視線から逃げるように、再び俯いた。
コツリ、コツリ、と靴を鳴らして近づいてくる雲雀に身を固くして動けずにじっとしていると、ふわ
り、と背中に腕が回された。
そうして。
「…綱吉…」
そっと囁くように耳元で名前を呼ばれて、びくり、と体を竦ませる。
その声のどこにも、綱吉を責めるような響きはなくて。
誘われるようにして、そっと顔をあげれば、目の前には悲しそうな苦笑いを浮かべた雲雀の顔があっ
て…。
「…っ」
思わず息を呑み込んだ。
「…まったく…。何を勘違いしてるのか知らないけど、あんな風に逃げられたら心配するじゃない」
「ヒバリさん…」
溜息と一緒に言葉を吐きだして、綱吉の頬に手を添えて、そっと視線を合わせる。
そうして。
透明な涙の溜まった大きな瞳を覗き込んだ。
「獄寺隼人と山本武に聞いたけど、君、また何か余計なこと考えてるでしょ」
逃げるように駆けだした綱吉の姿を呆然と見送っていた獄寺と山本の2人に簡単に事情を聞かされた
雲雀は、綱吉が放り出していったカバンを受け取って逃げていく小さな恋人を追いかけてきたのだ。
校内で綱吉が行きそうなところをあちこち走りまわって、まさかと思いながら駆け込んだ応接室で綱
吉の姿を見つけたときは、安堵のあまり力が抜けてしまった。
漆黒の瞳に見据えられた綱吉は、一瞬困惑に瞳を揺らして。
「…余計なことなんて! ただオレは…っ」


──可愛い女の子のほうが好きなんじゃないかって…思って…。


言いかけた言葉を、唇を噛みしめて飲み込んで俯きかけるけれど、頬に添えられた雲雀の手がそれを
許してくれなくて。
言うまでは許してもらえそうにないことを悟った綱吉は、そっと重い溜息を吐きだして、小さな声で
ぽつりと呟いた。
「…ヒバリさん…やっぱり…女の子のほうがいいですか…?」
今にも泣きだしそうな声と表情で、じっと雲雀を見つめて、溜めこんでいた想いを吐きだした。
「君ね…」
そんな綱吉の様子に、そっと吐息を吐きだした雲雀は、苦笑を滲ませながら、自分の額をこつりと綱
吉のそれに合わせた。
そうして。
「やきもち焼いてくれるのは嬉しいけどね。悲しませたいわけじゃないんだけど?」
そう言って。
縮こまっている綱吉をぎゅっと抱きしめる。
すると、背中に回った腕の力強さに驚いた綱吉は、びくり、と体を震わせた。
そんな反応に、くすり、と小さく笑みを零して、『それに』と言葉を紡いだ。
「それに、チョコのことなら君にも責任はあるんだからね?」
「…え?」
ふと呟かれた言葉に驚いた綱吉は、訳が分からずに大きな瞳を数回瞬いた。
その様子をおかしそうに見つめて。
どうやら、驚きですっかり涙が引っ込んだらしい綱吉に満足げな微笑みを浮かべて見せて。
「君、女の子泣かせるの嫌いでしょ。だからだよ」
その言葉に思わず瞳を見開いた綱吉は、目の前で微笑んでいる雲雀の顔をまじまじと見つめ返した。
つまりは。


──前にオレが言った一言が原因…!?


いつだったか、雲雀と付き合いだして間もないころに一度、『女の子泣かせるのは嫌いだ』とぽつり
と零したことがった。
だからこそ、気に入らない群れがいればすぐさま咬み殺していたのを控え目にして、欲しくもないチ
ョコを受け取っていたのだ。
ようやく雲雀の行動の意味を悟った綱吉が呆然としていると、少しだけいじわるそうな笑みを浮かべ
た雲雀は、甘い蜂蜜色の瞳を覗き込んで、そっと両手で柔らかな頬を包み込んで。
「あのね。何度言っても分からないなら、分かるまで言ってあげるけどね? 僕が好きなのは君だけ
なんだけど?」
と、囁いた。
「…っ」
途端に、綱吉の頬が一瞬にして朱色に染まって。
綱吉のそんな反応を満足げに見つめた雲雀は、傍に置いておいた綱吉のカバンの中から綺麗に包装さ
れたチョコを取り出して、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、それと、コレ。僕にでしょ?」
そう言って。
とても綺麗に微笑んで。
ありがとう、と囁いて、綱吉の唇に甘いにキスを落とした。





-fin-


Lovely Heartの2です!
なんだかヒバツナなのに雲雀さまがあまり出ていないような気がしますが…。
気付かなかったことにしましょう。うん。
かなりぎりぎりになってしまいましたが、とにかく、無事に上がってくれてほっとしました><
とにもかくにも。
皆様にも素敵なバレンタインでありますように!
2009.2.12

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